日常を綴る

止まっているようで進んでいて進んでいるようで止まってる

すっかり冷え込む季節になった。朝、毛布から足を出すのに時間がかかるようになった。自動販売機に「じっくりコトコト濃厚コーンスープ」が並ぶようになった。夜の散歩で、肌にささるような冷たい風が心地良くなった。気付けば冬に囲まれてる。

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冬になると、何を連想するだろう。

   

    

去年の十二月は、広島にいて会社の上司と仕事終わりに歩いて帰った。「解決の出来ないことに悩みすぎている。いいところが薄くなって勿体無い。お前は、俺が認めたダイアモンドの原石なんだから、はやく輝け。動け。」ずっと言い続けてくれていた言葉を、節目だからと言って改めて言葉にしてもらった。上司は、お父さんみたいな人だった。歩いて帰ってる隣で、部下のひとりひとりに一年間のお礼を伝えているのを見て、節目を大切にしている人って素敵だなと思った。私もこんな人になろうって思いながら、夜の公園を一緒に歩いた。

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二年前の冬は、福岡だった。学生最後を謳って、仲のいい友達と福岡の中洲あたりの知らない飲み屋街を彷徨いてベロべロになるまで飲んた。朝方の帰りがけ、カラオケのエスカレーターの鏡で記憶が曖昧な中、集合写真を撮った。引越し前には、ダンボールに囲まれて淡麗のロング缶を乾杯したりもした。こうやって宝物が増えていくんだと思った。

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三年前の冬は、当時付き合っていた人との記念日で、イルミネーションを目の前に振られた。体調不良の中で駆けつけてくれた友達と、普段だったら入らないような怪しげなお店に足を運んで「振られた記念だ」とお酒を何杯もサービスしてもらった。最後は友達が酔っ払って歩けなくなって、介抱してタクシーで帰ったら家の玄関にプレゼント。前もって用意していた彼へのサプライズプレゼントだった。目をつぶってベッドにダイブした。

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冬になると何を連想するだろう。

    
当時、エンドレスで聞いていた歌を聴いたら、そのときの感情や情景がぶわっと思い出される。無我夢中で目の前のことに向き合っていたことや、うまく進めなくて立ち止まっていたこと。

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過去を振り返っていくうちに、今の自分に自信がもてるようになる。ああ、こうしたかったんだ、あの時から少しでも良い方向に変われたかなって、自分のしてきたことに自信が持てるようになる。

     

例えそれが、独りよがりだったとしても「よく頑張ってきた」と褒められるようになる。自己満足かもしれないけれど「あのとき頑張ってきたから、今もきっと頑張れる」とエンジンがかかるような気持ちになることもある。過去のおかげで、今が作られてる。

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今の自分の気持ちが、過去に対する思いに影響することだってある。プラスの意味か、マイナスの意味かは分からないけど「あのときがあったから、今の自分がいる」と思える日と、そうでない日。正解なんて分からないことがほとんどで、進んでいくうちに「これで良かったかも」と思える。

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節目を節目と捉えなければ、淡々とすぎる日常に過ぎないんだろうけど、たまには立ち止まって深呼吸するとか昔の自分と会話をするとか、そういうの大事だと思った。節目を大切にする人は、素敵だ。

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それは過去にしがみつくとかそういうんじゃなくて、過去とハイタッチするくらいの軽い感じで。師走と呼ばれる十二月だからこそ、ホットミルクを飲みながら、ゆっくり冬を思い出すのも良いんじゃないかって思った。

   

2018/12/02