日常を綴る

止まっているようで進んでいて進んでいるようで止まってる

大好きなお祭りの話。前

ずっと前から、何かの終わりが散らつくあの瞬間が苦手だった。何度『最後まで全力で楽しめばいい』と言われても「もっとああしたかった」「ずっとこうしていたかった」がそれ以上に出てきてしまって、数時間後の別れの寂しさと悲しさを倍増させていた。

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今年の夏は、平成最後の夏だったらしい。花火や浴衣、バーベキューに海にと青春という言葉が似合うほど夏を謳歌している人達が声を合わせて言っていた。それを聞いて、ああそうなんだと興味ないフリをしていた。

     
私の今年の夏は、あの「かとり」だった。というか二年前から決まって「かとり」だ。プライベートをよく知る人は「あれね、蚊取線香ね。高知県ね。」と冗談を交えて言ってくる。夏を匂わせる蝉の鳴き声が聞こえるだけで、かとりへの気持ちが高まっていた。紅葉が無くても気分紅葉だった。

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二年前に初めて参加したボランティア。地域住民の人口が減って、閉じてしまっていた高知県の小さな地元にあるお祭りのボランティア。ステージから清掃、お化け屋敷まで作り上げる。

      
全国から集まるボランティアスタッフは「旅人達」と呼ばれていて、誰でも歓迎される空間がそこにある。そして本当に、世界や日本を周っている旅人さんも多くって、話をするだけで気持ちが高揚する。知らない世界がたくさんある。

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インパクトやデッキブラシとか、草刈機とか。触れたことすらないものを「やったことがないなら、やってごらん」と丁寧に教えてくれて、任せてくれる。関係が築けての信頼というより信頼するから関係が築ける、そんなことまで教えてくれる。ああ、大好きが止まらない。

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日中は、ひたすら各自の持ち場に別れてボランティアの作業をする。ボランティアだから、強制をされない作業量。でも皆が自分から動いてる。夜は毎晩のように宴。もちろん打ち合わせもある。毎晩のように温泉に入れてくれる。寝床も用意してくれる。美味しいご飯もある。阿波踊りも教えてくれる。

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「ボランティアが楽しまないと、お祭りに来る子ども達は楽しめない。ボランティアが笑顔じゃないと、子ども達も笑顔になれない。」

     
二年前からヒロ君が伝え続けてくれている想い。お祭りのボランティアである「旅人達」がここに集まるのは、ヒロくんの温かさや考え方に共感するからだし、恩送りと同じくらいヒロ君に恩返しをしたいって人がいるからなんじゃないかなって思ってる。

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とまあ、お祭りの魅力や概要は「来たらわかるから!」の一言に尽きる。それよりも、私は自分の感情をメモリアルしたい。ので、する。

    
話は戻って、受かると思っていなかった採用試験が通り、最終試験が夏祭りの本祭三日後という現実が八月頭に押し寄せて来た。帰ってから二日しかないという現実があったばっかりに周りとかなり揉めた。ボランティアに参加すること自体を否定的に言われた気持ちになった。何度も止められたて、その度に「伝えたい人に伝えたいことが、伝わらない」を繰り返した。放たれる言葉ひとつひとつが痛くて苦しくて辛かった。

    

あれ、書いたら書いたで長文が過ぎる。前半は終わりにする。綴りたい感情が多すぎました。またね。

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2018/09/01

 

 

日めくりカレンダー

   

うちには、日めくりカレンダーがある。

     
小学生の頃から毎日めくられてきたカレンダーには、日付と一緒に言葉が書いてある。皆さんも良く知る、相田みつをさんのカレンダー。

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物心ついた頃から繰り返し、めくってきていた。すっかり日常の中に溶け込んでいる。敢えて意識的に見ることは、今ではほとんど無くなっている。

     

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朝起きたら、家族と「おはよう」を交わして、それからカレンダーを見る。何を思う訳でもなく、機械的に目を向けるという感じ。

     
最近は、なにかと「機械的」に取り組んでいくような気がして悲しくなる。充実はしていても、物足りない。充実の味を知っているから、毎日が薄く感じるのかもしれない。

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何が正解か分からないことがある。というか、そういうことの方が多いかもしれない。ハナマルがほしくて、転ばぬ先の杖になっているように思える。大きな失敗しないようにしているから、物足りないのかもしれない。

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二十四歳になり、これまでの経験から「自分の価値観が全てではないということ」を学んできた。その考え方がある上で、相手の価値観も全てではないということが同時に頭に浮かぶ。

      
こうなってくると、ここでも何が正しいかよく分からなくなる。「決めた後、正解にできるように動けばいい」なんて簡単な言葉で片付けることはできるけど、そうすると少しだけ自分の中に違和感が残る。

    

それが全てなはずなのに、断言していたり公言して決めつけたりする人は、皮肉と憧れを込めて凄いと思っていた。周りが見えていなかったときの自分を見ているような気持ち。

     

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今、そこまでの熱さがあるかと問い掛けるとするならば、答えは何になるだろう。言い訳を並べるのだけは得意になった気がする。

    

子どもの頃みたいに、必死になって目の前のことに向き合うのが苦手になった。というか逃げてきた。なにかを訴えかけて争うということが嫌で、良いように解釈していただけだった。悪い言い方をすると妥協になる。

      

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自分の価値観が確実ではない癖に、相手に押し付けるように主張するなんて、おこがましいと思ってた。環境も生き方も違うのに、ぶつかったところで平行線だとぶつかる前から先を見据えたような目をしていた。面倒なことから逃げていた。


なのにいつもどこか、強くも熱くもない自分がいることが腹立たしかった。都合のいいように自分に言い訳しているのが、まるわかりだった。

   

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そしたら、あの家のカレンダーが突然目に入った。日常の中に溶け込んでいたはずなのに、ぱっと目の前に現れた。

     

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「アナタの主人公は アナタなんだよなあ」というもの。シンプル。分かりきっていることなのに、色んな意味に聞こえた。冷たいような温かいような、そんな言葉。

    

周りとは違って当たり前。生きてきた方法も生き方も違う。周りと比べる必要はない。「わたしは、わたし」と割り切ること。アナタというのを自分自身のこととして捉えての言葉。

 

自分と違ってもそっぽを向く必要はない。「あなたは、あなた」と一度は受け容れること。アナタというのが、周りのこととして捉えての言葉。

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自分に対しても周りに対しても価値観はそんなに簡単には変わらない。だからこそ、周りとも自分とも上手く付き合っていきたい。

    

生き方がわかると、生きやすくなる。生きたいように生きるのが一番だと思う。


2018/07/25

会ったことがない人と東京で会った話

会ったことは一度も無いのに「ブログ読んでます。大好きです。愛読者です。」と三拍子で伝えてくれた女の子がいた。名前は出さずに紹介する、メモリアル三号目。   

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共通の友人が多く、その友人達を介してその子の話題は何度か出てきていた。どんな子だろう、いつか会えるといいなと思っていたら突然連絡がやってきて会うことになった。

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そんな人生で極めて珍しく、貴重な存在。想像していたよりもずっと、東京の女の子だった。仕事をしている自分が好きと話す彼女は素敵な笑顔の持ち主だった。

    

思っていることを、真っ直ぐに伝えられる素直な子だという印象がすぐについた。笑顔で、話を最初から最後まで聴いてくれた。話しの合間には「ずっと聴いていられるので、ずっと話していて欲しい」としっかり言葉にして伝えてくれた。

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話していて心地が良く、心なしか、話しながら自分のあたまの中の整理も出来ている感じがした。聞き上手は、このことだと思った。聞き上手がいるから、話している側は心地よい時間を過ごせる。双方にとって良い空間。

     
一時期は多くのコミュニティに属していたり、旅をしていた子が、今では「仕事に生きる子」になっていた。それは、全くマイナスのイメージではなくプラスな意味でのこと。

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その瞬間、瞬間を大事にしている子だった。その瞬間を大事にするために、時間の有意義な使い方を意識しているんだろうなと感じた。それもきっと無意識のうちにやっている。

    

同じ時間を過ごしていても、こう、意識するしないで一日の密度が変わる。濃密で味わい深さが増す。関わり方って大切だな、捉え方って大切だなって思った。

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話し足りないくらいが丁度いい、帰り際にそう言い合いながら、大好きな淡麗もくれた。ブログを読んでくれているせいか、会う前から全部わかってくれている感覚に陥った。こんな出会い方は誰が何と言おうと、やっぱり嬉しかった。

    

もっと知りたい、もっと仲良くなりたい。「もっと」が続く時は好きだ。感情が揺さぶられる瞬間が好きだ。こんな時こそ自分の色が色濃く出ている気がする。

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初めて会ったにも関わらず恋愛の話をしてくれた。好きな気持ちは、やっぱり素敵だと思った。恋愛の話をしている彼女は、可愛く見えた。恋する人はキラリと輝いていると確信した。

   

悩めば悩むほど、好きな気持ちを再認識する。相手を思えば思うほど、嫌な自分と向き合う時間が増える。どんな未来が待っていたとしても、相手の反応を想像して笑顔になるようなことをお互いがしていけたらいいなと思いながら話をしていた。

   

彼女はきっと、それが出来ると思った。聞き上手な子は、相手の立場に立って考えられるから。余裕がなくなると恋愛感情は醜くなるものだけど、そんな時ほどよい距離感が大事になるとも思う。簡単なことではないけれど、ね。

         

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人との出逢いは、やっぱり、面白いと思った。この一日だけでも楽しくて面白くて嬉しいんだから、これからもきっと関わり方次第でもっと楽しくて面白くて嬉しくなる。「これから」が楽しみになった東京最終日。ありがトーキョー。

   

2018/06/12

   

 

 

強さと弱さの関係

強いと思った彼女は直接二人で話すのは初めてで、ひたすら「強さ」を感じた。彼女自身が強いからこそ、周りの弱さを補える。名前は出さずに紹介する、自分の友人メモリアル二号目。   

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渋谷駅で待ち合わせ。彼女の持つ、透明色のバッグの中に本が入っているのが見えたとき、意外に感じた。というより、もともと二人で話したことがなかったので、色んな話をしたい気持ちが一層深まった気がした。

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いつもニコニコしている。会うたびに「かわいいね」と伝えていた。三つ下の女の子とご飯に二人で行く機会が無いので少し緊張をした。

   

柔らかい印象を持つ彼女とは、今回二人で話をするのが初めてで。ブランコに乗れるという渋谷のカフェで、聞きなれない横文字だらけのメニューからパスタを選んだ。

   

話せば話すほど、知らない彼女の「これまで」が見えた。「これまで」と「いま」が繋がって、不思議な感覚になった。こうやって、人の価値観が生まれてくるんだ、と思えたからだと思う。

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仲良い友人が自殺未遂をしていた現場を目の当たりにしていたり、大好きな恋人との別れから立ち止まった世界があったり。そんな色んな経験の後に追い打ちをかけるようにやってくる自己嫌悪感。その全てと彼女はしっかり向き合っていた。

    

たくさんの苦しい経験をバネにしているから、この子は強いんだと思った。これまで「できなかったこと」を、ひとつひとつクリアにしていっている。着実にステップアップしている、というような感じ。

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目の前のことに真摯に向き合って、出来る出来ないのラインを、経験から自分のものさしを作っていく。ひとつひとつの経験を学びとして自分のものにしている証拠だと思った。

     

         
そんな彼女が「これからも大切にしていきたいことってある?」という問いに「人に優しくありたい」と答えた背景には、きっと多くの大切な存在があったんだと思う。

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誰かのために全力で向き合える人は、強い。彼女と話して「芯のある強さ」の偉大さを教えてもらった。それは周りとの向き合い方、好きな人との向き合い方、自分との向き合い方。辛い経験すらも、自分のチカラとしている。

    

         

「強いところも弱いところもある」という人に魅力を感じるのは、結局「弱いところ」も「強いところ」に変わるからなんだと気付かせてくれた東京二日目。

   

2018/06/06

魅惑的なひと

同性でありながら「女性的な魅力」を感じる友人がいる。そんな彼女を、名前は出さずに紹介する、自分の友人メモリアル一号目。

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女の中の女であり、スマートでセクシーな印象。会う度に魅了されている。久しぶりでもそんな事を感じさせずに、時間を巻き戻してくれる。そして相手にとって、プラスアルファな時間に必ずしてくれる。

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彼女は最高のパフォーマーだと思う。そしてプレゼンターでもある。本や経験から得た学びをプレゼンしてくれる。本を読むより、自分が経験するよりもずっと、充実感のある時間だった。

    

それだけじゃない。家に入ればバーテンダーにも料理人にもなった。人脈を目の前の人のために繋いでくれるマッチングのプロにもなった。起きうるトラブルを解決に導く占い師にまで、なる。そして、東京でベンチャー企業で働いている。

    

仕事ひとつだけではなく、いくつもコミュニティを持ち、その場に応じて何にでもなれる彼女が羨ましかった。

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真面目な話からフランクな話までをしてくれた。話題が豊富で、ニーズに合わせて引き出しから相手が喜ぶものを選び出してくれる。こんな人が近くにいてくれたら、最高だろうなと会う度に思う。

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そんな彼女の部屋には本棚に収まりきらないほどの本があった。私も本を読む方ではあるけれど、比にならないほどのジャンルの豊富さ。きっと彼女の魅了性は、努力の賜物だった。かっこいい、シンプルにその一言だった。

     

    
「本を読む」ということは、自己完結で終わりやすいと思っている。情報のインプットだけで終わりやすい。ただ彼女の場合は、インプットしたものを実践していたという過去があった。

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水商売で働いていたことのある彼女は、相手がどんな人なのか関わる前から分かっている。新しいお客さんにも来てもらうために恋愛のマッチングアプリを使っていて、顔を見るだけで相手の性格がわかっている。

      

「こういう人は、大体こういう人だよ」と統計学の授業がずっと楽しくなるんじゃないかと思うくらいに分析されていた。見る目が鍛えられている、そんな風にも見えた。

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「経験値に勝るものはない」ということは何度も感じてきていたけど、その経験値がグッと上がるかどうかは「その経験に学びがあるか」なんだと、彼女から改めて教えてもらった。

           
魅惑的なのは、人を魅惑するための才能と努力があったからだった。経験は力なり、その背景に見えない彼女がいて、それがとてつもなくかっこよく見えた東京初日だった。

        

2018/06/05

日常と、決めたこと

   

午前七時。

おばあちゃんとの電話で毎朝目が覚める。

「おはよう。今日は六時半に起きました。」

から始まる話の内容は毎回特にないけど、気づけば五分は話している。どちらかが必ず笑っている。

   

電話の終わりはいつも「今日も一日ファイト」とお互いに言って、終わったら布団に潜る。

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最近の朝は、電話のあとに二度寝をしてバタバタと家を出る。路面電車で通勤するよりもバスで通勤する方が早いということを知って朝の余裕が出来た。ちなみにバス停の近くにある自販機のレモンスカッシュが最近のお気に入り。という、どうでもいい話もすこし挟みながら日常を記録してみる。

   

バスに揺られて職場に着く。バス停に着くまでに二百円を両替して「ありがとうございました」と同時に二十円のお釣りを手に取る。右ポケットにその十円玉ふたつを入れっぱなしの日もある。

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職場には、いつも出勤時間の三十分前には着いて準備をする。上司が来る前に、すること全部終わっている日は心の中で小さくガッツポーズ。

   

休憩が短い時は五分のときもある多忙な業務をしながら笑って眉間に皺寄せてな毎日。仕事を終えて、原爆ドーム近くの橋を渡りながら帰路に立つ。橋の上から見る、川に反射する街灯は結構好き。

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そして一日の終わりには決まって「今日はいい日だ。」が言葉になる。そのうち「今日もいい日だった。」が口癖になる。

      

そんな毎日を過ごすのが残すところあと少しになったので記録することにした。色んなタイミングが重なって、予定よりも早く次のステップにいくことになった。いわゆる、退職というもの。

    

しかも人生で初めて職場での後輩、新卒くんがやってきたこのタイミング。新卒くんがやってきた日、言葉に表現できないくらいに可愛くて何でもしたくなった。理由のない愛情ってこういうことかと思った。突然お節介おばちゃんに変身した。

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思い返せば、彼と同じように今の職場に入った日には想像ができない経験をさせてもらった。PCの授業、公務員の授業、大学での授業、退職者への授業、英語の授業、国家資格の授業。営業、面談、カウンセリング、案内。なんだか、自分でもすごいなと誇りに思う。

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二年前の誕生日。

人生で初めて弱い部分も強い部分も魅せてくれた人のいる会社に内定が決まった。銀座にあるタリーズで面接の三時間前に社長の写真を見ながら面接のイメージをしていた。面接会場の壁に大好きなアインシュタインの絵があったのは忘れられない。

    

それから約一年後の二月のバレンタイン。

「この人からたくさん学びたい」と思った面接官だった上司のいる広島に配属が決定。顔合わせの懇親会で「お前はすごいやつになる」と評価してもらえたこと。なかなか結果が出なくて「できない自分」から目を背けたかったこと。

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それでも自分の成長が相手のためになることが仕事になる職種に感動していった。幅広い年齢層や職種、境遇の人と広く深く関わることができることで視界が広がった。自分の当たり前が当たり前ではないということを知ることができた。

   

学びたいことが学べる、と自分の決断に間違いがなかったと思えることが嬉しかった。

    

世間に存在する遠さと身近さを感じたこと。

自分の良いところも悪いところも受け止めてくれる環境があった。苦手な「数字の世界」と「ビジネスとしてやっていくこと」から見えることが増えた。世の中に揉まれる感じが、嫌でもあり好きでもあった。

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気づけば勤務するのは、あと七日。

仕事を辞めるということは、世間様に言えば「なにするの」「何考えてるの」となる。でも、わたしの場合は少し違って有難いなと思った。

    

喜んでくれる人や応援してくれる人が圧倒的に多くて驚いたし嬉しかった。悲しんでくれる人や寂しがってくれる人もいた。そして何度も止めてくれる人もいた。色んな人が近くにいてくれたんだと改めて気づかされた。

                                   

長く生きていけば、環境も求められることも求めていくものも変わってくる。その度に試されているような、試しているような気持ちに何度もなる。肯定と否定を何度も繰り返して、あとから後ろを振り返ったときに「変わった」と実感する。

    

本当に、一人じゃ何も出来ないと何度も何度も感じた。情けないし嫌いな自分が出てくるし、これでもかってくらいに自分に呆れて苦しかった。でもその度に、周りに何度も何度も救われてきたんだと思う。

   

あとすこし、この感謝を返せるように、ラストスパート、もう少し頑張ろうと思う。

   

2018/05/23

わたしの理想像のひと

母は、偉大だ。超えられない理想の女性だと思う。歳を重ねるにつれて、わたしのお母さんほど、最高な母親はいないと思う。私もそんな母親に、女性になりたいと何度も思ってきた。今日のはなし。

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仕事が一日休みだったので、新幹線と特急を乗り継いで日帰りで実家に帰った。しなければ行けないことを諸々済ませて、久しぶりに母親と二人でお茶をした。

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時間があっという間に過ぎていた。気付けば駅に向かわなきゃ行けない時間で、わたしの話も、お母さんの話も、話し足りないという感じ。お母さんとの、こういう時間は昔から好きだった。

    
誰かと話すとき「これまでのこと」「いまのこと」「これからのこと」この三点セットを色んな話題で話せる時間が大好きだと思うようになったのは、この人からの影響が一番大きいんだろうな。

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進路に迷っていた学生のとき、母親の経験値の高さに度肝を抜かされた。これまでもずっと近くに居てくれていたはずなのに、まるで別人かのように感じた。色んな選択肢を見せてくれる。見えない世界を教えてくれる。尊敬の意が凄かった。ただでさえ味方になってくれるスーパーマザーなのに、それ以上の存在だと気付かされたタイミングだった。

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「育ちが良いね」と言われてきたのは、母親のおかげだと思っている。礼儀であったり気遣いであったり、人との向き合い方、仕事との向き合い方、自分との向き合い方。全部全部、何気ない会話から常に教えてもらってきてた。

    
誰かに自分を褒めて貰えるのは、こういう家族だったり周りのおかげだと心から思う。本当に与えてもらってばっかりで、何かを返すことは出来ているのかな。恩送りもそうだけど、やっぱり相手に同じように返したい気持ちが強くなる。

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そんな母親と初めて恋愛の話になった。「これまで」と「いま」と「これから」を話すことができた。正直、恋愛の話は、結婚相手と決まる時でないと言うものではないと思っていた。

   
学歴や経済的に安定していて、誰もが認めるような理想の結婚相手とかでないと、そもそも恋愛対象として見ること自体を否定されると思っていた。両親に認められる人は、余程のことが無い限りいないだろうと思っていた。

     
「徐々に気になっていって、その人と付き合いたいと思った」ということを伝えることすら躊躇していたし、そもそもどういう顔で自分の恋愛観を話したらいいのか分からなくて話して来なかった。

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と、色々言わなかった理由や言い訳は幾らでもあるんだけど、ひょんなことで話すことになった。想像とは違ったの時間になったし、そこでもやっぱりお母さんは偉大だと感じた。

  

  
やっぱりお母さんは好きだし偉大だし、俗に言うマザコンなのかもしれないけれど、身内にこんなにも尊敬できる理想像がいて幸せです。わたしも早くそうなる。そして周りに恩返しをしていくって、メラメラと感情を高ぶらせてる。

 

2018/04/20