人生山あり谷あり谷添あり。

止まっているようで進んでいて進んでいるようで止まってる

わたしの理想像のひと

母は、偉大だ。超えられない理想の女性だと思う。歳を重ねるにつれて、わたしのお母さんほど、最高な母親はいないと思う。私もそんな母親に、女性になりたいと何度も思ってきた。今日のはなし。

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仕事が一日休みだったので、新幹線と特急を乗り継いで日帰りで実家に帰った。しなければ行けないことを諸々済ませて、久しぶりに母親と二人でお茶をした。

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時間があっという間に過ぎていた。気付けば駅に向かわなきゃ行けない時間で、わたしの話も、お母さんの話も、話し足りないという感じ。お母さんとの、こういう時間は昔から好きだった。

    
誰かと話すとき「これまでのこと」「いまのこと」「これからのこと」この三点セットを色んな話題で話せる時間が大好きだと思うようになったのは、この人からの影響が一番大きいんだろうな。

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進路に迷っていた学生のとき、母親の経験値の高さに度肝を抜かされた。これまでもずっと近くに居てくれていたはずなのに、まるで別人かのように感じた。色んな選択肢を見せてくれる。見えない世界を教えてくれる。尊敬の意が凄かった。ただでさえ味方になってくれるスーパーマザーなのに、それ以上の存在だと気付かされたタイミングだった。

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「育ちが良いね」と言われてきたのは、母親のおかげだと思っている。礼儀であったり気遣いであったり、人との向き合い方、仕事との向き合い方、自分との向き合い方。全部全部、何気ない会話から常に教えてもらってきてた。

    
誰かに自分を褒めて貰えるのは、こういう家族だったり周りのおかげだと心から思う。本当に与えてもらってばっかりで、何かを返すことは出来ているのかな。恩送りもそうだけど、やっぱり相手に同じように返したい気持ちが強くなる。

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そんな母親と初めて恋愛の話になった。「これまで」と「いま」と「これから」を話すことができた。正直、恋愛の話は、結婚相手と決まる時でないと言うものではないと思っていた。

   
学歴や経済的に安定していて、誰もが認めるような理想の結婚相手とかでないと、そもそも恋愛対象として見ること自体を否定されると思っていた。両親に認められる人は、余程のことが無い限りいないだろうと思っていた。

     
「徐々に気になっていって、その人と付き合いたいと思った」ということを伝えることすら躊躇していたし、そもそもどういう顔で自分の恋愛観を話したらいいのか分からなくて話して来なかった。

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と、色々言わなかった理由や言い訳は幾らでもあるんだけど、ひょんなことで話すことになった。想像とは違ったの時間になったし、そこでもやっぱりお母さんは偉大だと感じた。

  

  
やっぱりお母さんは好きだし偉大だし、俗に言うマザコンなのかもしれないけれど、身内にこんなにも尊敬できる理想像がいて幸せです。わたしも早くそうなる。そして周りに恩返しをしていくって、メラメラと感情を高ぶらせてる。

 

2018/04/20

ここ最近の全部

「どうしたらいいのか分からないのと、どうしようもできないのと、どうにでもなってしまえというの。」と全てにおいて投げやりになったことがある。答えのないことをエンドレスで悩んで苦しくなってた。高校生のときも同じようなことがあった。変わってないな、とも思った。成長していないと何度も同じ壁にぶつかる。

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変わらないと変わらないとって、何度も思ってきて、それなのに何をしても変わっている感じがしない。何回も不安になるし、情けなくて「嫌だ」と全てを投げ出してしまいたいを繰り返す。

    

苦しくなると、「逃げたい」気持ちが強くなる。逃げても意味がないということは分かりきっているのに、逃げたくなる。目を背けたところで、何もない。逃げた先には嫌いな弱い弱い自分がいるということは目に見えている。というのを何度も繰り返す。その度に、ちっぽけだと自分を小さく感じる。

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「逃げ」は、立ち止まらず、動いている証拠だと捉える人もいるけれど、そう簡単にも思えなかった。自分に対しては特に、いいように言っているだけの、言い訳に見える。

    

だからこそ、そういう弱いところを見せるのは苦手だし、自分が弱音を吐くこと自体、周りにはデメリットに感じる。期待値を下げて自分へのプレッシャーを減らす、そんなときに言うもんだと思えた。故に頼りたい時にヘラヘラとして、頼ることができない。自分から離れていこうとしてしまう。


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強いところ弱いところ、どちらもあって「その人らしさ」が出てくる感じが好きと昔から言っている。そういう人間味溢れている素敵な人が周りには多い環境で過ごしてきた。

 

強いところばかりを見せる人は、プライドの高い人が多い。かっこつけたがる人は、弱い自分を見せないことが多い。かっこわるい自分を見せるのは、ある意味で自分の弱いところを公開することになるから、なのかもしれない。痛い程わかるし、わたしもそういうところあるし、あった。

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強さも弱さもあって魅力を感じるんだと言っている癖に、「弱いところ、全く見せようとしないよね」と言われた。距離が一番近くあってほしい存在に言われた。情けなかったし、言われてぐうの音も出ないくらい腑に落ちた。人は弱いものなのに、強く見せようとする。強くあろうとするあまりに、弱いのを隠したがる。自分にとって、大きな存在の人から言われる言葉は響きやすかった。

    

そういえば、前に付き合っていた人と別れたのも自分のこういうところが原因だった。同じ壁にぶつかる、というのはこういうところでも繰り返されるのかっていう驚き。同じことは繰り返したくないし、繰り返さないようにしてくれるので本当にありがたいと思う。全力シェイシェイ。

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周りに強さと弱さの開示を無意識に求めている一方で閉鎖的に独りよがりになっている自分がいた。この情けなさは、忘れずにいようと思った。そういう、とても欲張りで自分のことを棚に上げる部分は、良いように見ないでいた、見てこなかったんだと嘲笑った。

   

頑張らない理由は、幾らでもそのへんに転がっている。頑張る理由も、同じように沢山転がっている。

  

だからこそ、ちゃんと自分で向き合わないと甘やかしてくれる環境も厳しすぎる環境も、自分次第でいくらでも変えられる。

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変わるのは、変えようとしないと変わらない。重たい一歩は、自分から動かさないと変わらない。ちょっと不安だけど頑張ると決めてから、変わる一歩を三月は踏み出せたので、これからが勝負だなってなりました。

  

強い自分と弱い自分、どちらも自分だからこそうまく付き合っていこうと思う。少しずつ、少しずつ。そして、何が正解か分からなくなったら、きっと自分にしか目が向けられていない時。そういう時こそ周りに目を向けようと思った。踏み出します。

  

2018/04/04

ちょっと、頑張ろうと思った

‪昼間っから泣いて何してんだ自分‬。という風に自分を俯瞰して見て思った。

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そういうときに「頼ってね」と言われてもどう頼ればいいのか分からない。頼ることのメリットが見えない。相手に負の影響しかないように見える。自分が楽になるっていっても、それは甘えに感じる。お互いにマイナスになることを、しようとは思えない。

    

そうやって自分で全てを解決しようとするから出来ないが増えていく。自分の中で解決できんくなった。

 

「できない」が続くと、どうしても苦しくなる。そういう‪出来る出来ない、気にする気にしないを、決めるのは周りではなくて自分。その判断基準を高めるのも低めるのも自分。‬

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‪「出来ない」というのは、「出来」るまでやってい「ない」らしい。ああ、もう、だめだ〜ってなった。わたしはそんなに強くない。むしろ、弱い。‬

   

‪強さを求めるばっかりに、自分の中の弱さが剥き出しになる。弱さが露呈するから、強さを求め続けてしまう。もっと、こうなりたい。もっと、こうあるべきを言い聞かせる。愚直という言葉を自分でも自覚するくらいには、不器用だと思う。‬

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‪でも、やっぱり出来ない。出来るまでやっていない。出来るまでやろうと思えない。嫌いな自分がたくさんやってくる。最近は周りから「少しぐらい、自分を褒めてあげなよ」って言われることが増えてきた。褒められるようなことは何もしていないのに、どこを褒めるのか。出来ていないことが多いのに、たった少ししかない「出来た」を過大評価して何が残るのか。とも思う。‬

   

‪小さい頃に、お父さんから「『でも』や『だって』を付けるとと言い訳が続く」と言われてきたのを思い出す。言い訳をするくらいなら、もっと我武者羅にやれよ、と。したいように、するのが一番だと思う。したいようにしないのは、そこまでの熱量になる。‬

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‪私のしたいこと、私らしさってなんだろうとなったときに、確信が持てなくて「私らしさはこういうところです」と言い切ることができない。もっと周り見ろよっていうのを自分に思う。でも、私らしさを自分で分かっているのは、かっこいいなってなる。欲張りだ。葛藤ってこういうことか、と思う。‬

   

‪弱さを見せることを、受け入れてくれる人がいるっていうのを最近知った。なんと、幸せなことだろうとなった。分かってくれる人がいる、そういうのだけで感謝しかない。‬

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‪強さも弱さも見せ合える関係が好きなのに、なかなか弱さは見せる勇気がない。自分で弱さを認めてしまった先を考えてしまう。こういうのは考えすぎなんだろうな、とも思う。‬

 

‪正解なんてきっとないのに、求めてしまう。正解を求めるから、苦しくなる。自分で正解にすればいいのに、失敗とかそういうのを恐れている自分がいた。‬

  

‪うまくいくかは分からんくても、動いた先に見えた事実を受け入れる。きっとこういうのが、今の自分に足りないんだと思った。ちょっと、勇気を出してみようと思った。‬出来るかわからないし不安だけど頑張る。

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2018/02/27 

 

エブリデーハッピー

自分のことを話している人のブログを読むと、素敵だなと思う。だから今日は少しだけ、自分のことを話してみる。今日までの自分紹介。

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小学生の時、
地毛が茶髪でヤンキーと呼ばれてた。
それでもクラスでは学級委員長を任される位置。成績は常に九割以上。習い事はたくさん。ピアノ・英語・テニス・水泳・料理教室・歌とか数えきれないくらい。長期休みは十二時間以上勉強漬けの毎日だった。ヤンキーなのにエリートっていうギャップが自分でも好きだった。

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中学校は私立の中学校を受験し合格。ここではエリートが沢山だった。同級生の趣味は乗馬とか、別荘があるのが当たり前の世界。お金持ちだらけ。地下室のある部屋って、なんだよって思ってた。

   

成績では目立つことが難しかったから、他で前に出るようにした。体育祭応援団、ダンス、弾き語り、アート、青年の主張コンテストで採用。ひとつが駄目でも視野を広げたら、なんでもあると思った。

 

まあ「一番成績が良くないと、リーダになっても無意味。」みたいなことを、担任の先生に言われたりもしたんだけど。それがきっかけで成績はあがったので、結果オーライ。

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高校はシンプルに勉強と部活。青春といえば、この時期、というくらいにがむしゃらに頑張った。朝は始発で部活の練習、朝の課外授業、授業後の部活、放課後の課外授業。帰って0時を過ぎるまで塾で勉強。部活は山を八周走ったこともある。持久力が無さ過ぎて練習についていくのが必死だった。辞めたくても辞めさせてくれなかった顧問と部員のおかげで、第一志望の大学に合格。

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小学校免許取得ができて、お婆ちゃん家の近くの大学だった。

    
入学してからは「先生になる」ために必要なこと全部を吸収しようとした。3つ上の学年が受ける教員採用試験対策を数万円払って受講したり、大学教授の学外講演会に参加したり。一週間勉強だけをする合宿に参加したり、学外サークルをしたり意識は高かった。倒れたり吐血するくらい自分のキャパを超える活動をしてた。いま思えば、頭悪い。

   

学内サークル、学外サークル、県外での活動、社会人との活動。先生だけしか見えていなかった自分の将来を見直すようになった。教員採用試験の勉強と就職活動を並行して進める。

   

人生で初めて「強さ」だけじゃなくて「弱さ」も見せてくれる大人と出会った。本気で向き合ってくれた。気付けば選考終わりに「選考の合否に関わらず、貴方から学びたいです」と猛烈アピール。「名刺は渡せないから内定もらってね。内定式で待ってるよ」と言われ選考終了。

    

その後も選考を受けて、無事に自分の誕生日に第一志望の企業に内定をもらう。斜めに傾いた誕生日ケーキで祝われた新宿での夜は忘れられない。

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四月に入り、なりたい自分になるために、やりたい仕事ができるようになった。「社会人なのに毎日楽しそうだよね」と言われて、嬉しかった。たしかに、楽しい。

  

学生のとき、社会人になったら好きなことができなくなると思っていた。社会に出るのが、少しだけ嫌だった。でも、全ては自分次第だった。悩んで悩んで悩んで定まったものは、強い。

     

    
小学校の頃「何にでもなれる」と思えるくらい習い事が出来たのも、全て家族のおかげだった。中学校で、高かったプライドをへし折られて、視野を広げる大切さを学べた。高校で「人生で一番勉強と部活がんばった」っていう経験は一生ものの宝で。大学のときに、出会った人達は人生で間違いなく一番大切な存在。社会人になって自分の弱さ強さと向き合うことができる毎日。いや、なんかもう、幸せなんだと思った。書きながら全て繋がってるなって、なった。

   

回り回って世の中全部うまくできてる。

  

 

この間、香川県で出会ったおじさんに

「他はいくらでも変えることが出来るけど、自分の人生は誰にも変えられないからね。自分の人生を自分なりに、自分で生きるんだよ。」

と言われた。

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言葉に重みしか無かった。好きを、自分を貫いてる強さ。私もいま、きっと他の誰でもない自分の人生を歩めているんだと思う。だから楽しい。だから毎日が幸せだと感じることができる。

     

  

エブリデーハッピーは、自分の中でこれからも大切な言葉。あけまして、おめでとうございました。

2018/01/02

あのときああしてたら、の話。

 

最近「こうしたら良かったかな」とかって思うことが何度かあった。後悔まではいかないけれど、自分の決めたことや言動に不安になる、みたいな感じのやつ。責任を持つことが少しだけ出来なかった。

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人生は選択の連続である、という言葉がある。過去の選択の積み重ねが、今の自分になるというの。

    

決めて断るのが決断というなら、決めた後は他がどうでもよくなるくらい夢中になる方がいいと思った。決めたのに「これもしたいし、あれもしたい」とかっていうのは、素敵なことなんだろうけれど、優先順位がつけられていないただの我儘でもある。全て中途半端に終わってしまう。

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きっと完璧である必要はないんだろうけど。それなら、そのくらいの覚悟なら、言わないでくれと思う。公言せず、勝手に一人でやってくれたらいい。「でも」「だって」が出ると、そのあと言い訳が続く。言い訳を並べるくらいなら、最初から口に出さない方がいい。いつまでも言い訳ばかりでいいわけ?っていう。(駄洒落ってことに気付いて)

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苦しくなったら息抜きをしたらいい。頼りたい人に何も考えず頼ったらいい。一人で抱え込んじゃうくらいなら、しんどいって言ったらいい。焦るのも分かるし、人一倍頑張ってるのも知ってる。弱さを見せるのは勇気のいることだけど、強い部分も弱い部分もあって「その人らしさ」が滲み出る。その方がずっとカッコいいし、好きだ。

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この間、今とは全く別の環境で生きた自分と会ってみたいね、と話していた。違う選択をした自分と会ってみたいね、と。「あのとき、ああしていればああでこうで」と選択した時の自分を思い返す。

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「あのとき」の自分が違う選択をして生きてきたら、それはある意味他人だし、もっと言えばそれが他人なんじゃないかとも思う。それなら今の自分を楽しめ、というオチの無いオチで終わる。

 

2017/12/10

ほろ酔い気分で恋バナをしよう。


勇気を振り絞って、告白するという時に限って緊張して「す」の一文字しか言えなかった告白をしたことがある。

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好きな人を目の前にすると、上手く気持ちを伝えられなかったり素直になれなかったりする。恥ずかしさとか緊張とか、そういう色んな感情が入り混じって、面倒臭い人間に成り下がる。今まではこのことを「そういうもんだ」と自分を誤魔化し、甘やかしてきた。    

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ただ、それを変えてくれる人はいるもんで。

   

どこが好きか聞かれたら「全部」と応えるくらいにゾッコンになった。美化しているかもしれないし、相手の良いところしか見れていないかもしれない。ただ、一緒にいる時間だけで全てが好きだと思った。もっと一緒にいたいと思うようになった。強い部分も、そうじゃない部分も全部ひっくるめて大好きになった。

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恋愛について話すと幸せな気持ちになるのは、相手の好きなところが次々に溢れ出てくるからだと思う。まるで、その楽しかった瞬間に戻ることが出来たかのような気持ちになるからだとも思う。タイムスリップみたいな、そんな感じ。

    

誰と話していても恋バナが正義なのは、話している方も聞いている方も幸せな気持ちになれるからで。叶う叶わない、うまくいっているうまくいかない、そういうの関係無くそこに「好きという気持ち」があるだけで良い気がする。

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たまに、寂しさを埋める為だけの関係とかがあるけど、それで最後にお互いが幸せになるならいいと思う。中途半端な関係は、よくないけれど、そういう時期って誰しもあるもんなんだと思う。それを経て、関係が良い方向に変わるならオールオッケーな気もする。浮気とかそういうのは抜きにして。

    

実際に会えるか会えないかに関わらず、会いたいと思った時に素直に「会いたい」と伝えられるだけでいいんじゃないかって思う。きっと嬉しい気持ちになる。

    

確かに、他に優先すべきことがあったりその言葉自体が負担になるとか、そういう複雑な問題はあるのかもしれない。でも言わなきゃ伝わんないってもなる。

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とかいう自分が言えてるのかは別問題ってもなる。酔っ払った勢いで好きな人についてダラダラ書きたくなるっていうくらいにほろ酔いってなって、言葉に出来る。ほろ酔いなら本人に伝えられる。


他人相手だったら上手くアドバイスが言えたりするのは、それが自分じゃないからで。いざ自分となると、苦しいとか悲しいとか寂しいとかプラス以外の感情を体感することになる。怖くて動けなかったり、そもそも盲目になって冷静に判断できなかったりする。人がゲームにハマるのは、そういう自分以外を操ることが出来るから、らしい。喜怒哀楽の感情を外から見ることができるから。

   

自分と会話するのが大事って言われるのは、そういうところだろうな。客観視することで、相手の視点も含めることができる。いい意味でも悪い意味でも。

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まあ、そういう冷静な視点っていうのは理性が働くから持てるんだろうな。冷静すぎるより、自分の感情に素直な方が好きだけど。淡麗が好きなのは、理性が飛ばせるから。でもまあ、たまには、そういう視点をもって整理して良い方向に進める時間も大事だな〜。

   

ほろ酔い気分でダラダラと書いて、淡麗片手に誰かと話したくなったところで寝ます。

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2017/11/03

 

大人になりたくないと思った

人の死とは、ほとんど直面した事がない。病院なんて、指で数える程もないくらい行ったことがない。とおい、名前も知らないような親戚の御葬式に参加したくらいで、そういった場面に直面したことがない。

      

だからこそ人の死は恐いし、今後も経験したくない。なんて甘えたことも言える。

        

と、こんなことを書いているのも最近あった色々が、ひと段落したからで。お酒を飲んだら涙が止まらなくて赤ん坊のように泣いて、沢山周りに支えてもらいました。ありがとうの記録。   

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ある日「帰って来てくれないか」と実家から突然連絡があった。

     
毎月のように帰っているのに。その日はずっと前から楽しみにしていた予定が入っているのに、連絡があった。頭の中のハテナをクリアにするために聞いた理由は、想像とは全然違った。頭の中が途端にフリーズした。

       
お爺ちゃんが倒れて、数日前から入院している。

      

大人になるって、こういう事だったなら大人になりたくないと思った。苦しさを何かで紛らわしたとしても、現実は変わらず目の前にあって、結局は自分が背を向けているだけだったりする。向き合う勇気も色んな覚悟も今はまだ出来ないし、強さなんて持ち合わせていないけど、きっともう少しだけ頑張れる、と言い聞かせ続けた。

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チクタクと鳴る腕時計の秒針の音が着々と命を刻む音に聞こえた。カウントダウンをされているような気持ちになった。手遅れだった、というわけではない。目の前から居なくなってしまったわけでもない。

    
でも、もうその時は着実に近付いていて「覚悟しなければならないね」と周りは言っていた。その時がいつきても大丈夫なように。時期は来た、と言いたげに。

      
そんなことは出来ないし、余裕なんてないし目の前のことから目を背けたくて堪らなかった。でも、もっと苦しいのは本人で。無力な私が唯一出来ることは、変わらず笑顔で話すこと。まるで、何事も無かったかのように接するのが唯一出来ることのはずなのに、話し終わったら涙が止まらなかった。

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病室の隣のベッドの人の会話が聞こえた。「しっかりしてよ、お願いだから」と泣きながら訴えている女性。まるで将来の自分達を見せられているかのような気持ちになった。自分に余裕が無くなって、自分でいることが嫌で仕方なくて情けなくて泣いて怒鳴って苦しんで虚しくて戻りたくてって、感情が揉みくちゃになっていた。耳を塞ぎたくなった。

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隣の会話が聞こえないように話しかけてもプツンプツンと途切れてしまう。「何か話さなきゃ」と思うも、いつもと違う姿に動揺して言葉が出ない。ぎこちない会話になる。時折見せる切ない表情を、なんとか明るくしたいけれど何も出来なかった。

     

なんで、自分じゃないんだろうと何度も思った。もっと近くにいれたら、と何度も思った。前みたいに冗談言い合えるような会話がしたいと、苦しくなった。
     
‪「これが最後になっても大丈夫なように」なんて綺麗事を言えるほどの余裕は無くて、それでも後悔しないように笑いかけるんだけど上手く笑えなくてっていうサイクル。

       

そのまま時間だけが過ぎて、帰りの時間になった。帰りの移動時間に流れた音楽が救ってくれた。言葉のエネルギーは凄い。音楽のエネルギーはすごい。

 

今はこんなに悲しくて涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔にはなれそうもないけど
「そんな時代もあったね」といつか話せる日が来るわ
「あんな時代もあったね」ときっと笑って話せるわ
だから今日はクヨクヨしないで
今日の風に吹かれましょう
   

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‪あと、一年前の六月に書いてた文章があるんだけど、結局全てはこの考え方だってなった。‬

     

「ある程度歳をとれば、いくら逢いたさが募ったとしても、二度と会えないなんてことが当たり前になってくる。変に自意識過剰に陥らず、会いたい人には会いたいと、好意がある人には好きだと、素直に行動するべきだと思う」っていう文を見て、改めて会いたい人には皆に会おうと思った。素直に動こう。

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お爺ちゃんは無事に退院しました。会える時間は限られてるけど、だからこそ、これまでと変わらない時間を一緒に過ごしていきたい。

      

2017/09/14